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ふくママ
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アレルギーとの付き合い 〈3〉 デトックス編

では、昨日の続き、、、

18歳で肌がボロボロになった私は、薬局で仕入れたお薬といおうか
サプリメントというのかそれらのお世話になる事になりました。
あの不味い豆乳や水薬?を飲みながら体質改善が始まったのです。

まず体内をクリーンにしようと食事療法が始まりました。
その頃の私は、超便秘症だったので下剤からスタートしましたが思ってた
以上に腸内がスッキリしなかったのです。
なので、もう1度下剤を飲んでスッキリさせましょう。「はい、飲みます。」

お腹の中がスッキリした私の食事は、というと、、、
  ・ 茹でたキャベツに黒酢をかけた物
  ・ 冷ややっこ(お醤油無し)
  ・ 薬局で購入したダイエットフードのおじや(超うす味)
出来るだけ調味料を使わないで食べるのです。

茹でたキャベツにかける黒酢なのですが、これがなかなか結構むせる!
凄く食べにくいのです。こんなのかけるくらいだったらキャベツだけで
食べたほうがよっぽどマシ。だって箸が進まないんだもん。

こんな物を3日ほど食べると次は、少しずつ少しずつ味を付けていくのです。
  ・ 冷ややっこに醤油3滴!かけてよし
  ・ キャベツを塩ゆでにしてよし
  ・ 超うす味の煮魚 などなど、、、

家族と別物を食べるのですが母が毎日、私の為に特別メニューを出してくれました。
これって主婦にしたらとんでもなく面倒くさい仕事が増えますよね~
3日間、味のない(調味料をほとんど使っていない)物を食べていた私にとって
この超うす味の煮魚が「なんと美味しいぃ~」と、思うのです!
「美味しいぃ~」って言うと、うちの母が「ようそんなもん食べるわっ」ですってよ!
あなたが作ったんでしょう~~きっと母は、作りながら「何と味気のない煮魚なんだ」
とでも思っていたのでしょうね。いえいえ、私には、充分おいしかったのです。

そんなこんなで落ち着いてきた私は、普通食に戻り美味しく食事を楽しむ事が出来たのです。
どんな物でも薄味で食べていれば身体にとって良いのでしょうが普通に生活していれば
なかなかそうは行かないものですよね~外食だってするしね。
濃い味には、直ぐに慣れるのですが薄味には、なかなか戻れないものなんですよね~

20100419-J.jpg 南十字星

私のお肌も落ち着き普通の生活に戻ることが出来たのですが化粧品で被れる事が判明した
私にとって買いあさった化粧品が全部使えなくなったのです。
なので同じブランドで超敏感肌用の化粧品を買い直し1つずつ試し試し使って様子をみながら
「これ大丈夫」「これダメ」てな具合に基礎化粧品からメイク品まで試したものです。

上から塗りたくるメイク品は、香料が過剰でなければほとんど使えます。
やっぱり肌に直接付ける乳液や化粧水は、かなり選ばないと使えません。
というより私は、アルコールで被れる事が解ったのです!
なので一般的に市販されている乳液や化粧水は、全く使えません!
使うとなればアルコールが使われていない物です。

その頃から私は、液体化粧品を使わなくなりました。
基礎化粧品という物は、クリームに限るのです。
でも何でも使えるわけでは無く自分が使ってみて大丈夫って思わなければ使えません。

周りから「あれいいよ~」「こんなの使ってみたら~」などと薦められた物を
使ってみたりしましたが殆どの物がダメでした。
なので周りから薦められても「もう試してみるのも面倒くさい」というのが本音でした。
私が今現在使っているのは、病院で出してもらう「ザーネクリーム」です。
全身に塗りたくってもいいクリームです。こんなのでいいのです。
いちばん大事な要素は、超乾燥肌の肌が乾燥しなければいいのです。
なんと安上がりな私のお肌!高価なお化粧品を買わなくってもいいのです。

そんな私も結婚したのです。
大人になるにつれてアレルギーがだんだん落ち着いて治っていく場合が多いよ~
と言われながらも私のアレルギー症状は、一向に治る気配が無いのです。

20100419-J (2) 白雪ミセバヤ

では、また明日~ ごめんね~まだ続くの!

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アレルギーのこと   8 0

アレルギーとの付き合い 〈2〉 思春期編

昨日は、私の産まれて直ぐの事でしたが今日は、少女時代のお話しです。
(私にも少女時代があったのよ~って、当たり前ですが)

小学生の頃は、それほど大したアレルギー症状は、出なかったものの
ポツポツと湿疹が出ていました。まぁクシャミ鼻水は、当たり前でしたが。
朝起きると共にクシャミの連発です!よく姉に「5回~ 6回~ まだ出るか?」
と数えられたものでした。寝ていた場所から動くと今まで吸っていた空気と変わるので
その為に身体が反応していまうのです。
この朝一のクシャミの反応を俗に【 モーニングアタック 】と言います。

春休みや夏休みになると市民病院の皮膚科によく連れて行かれたものです。
その頃の先生(お医者さん)にこんな事をよく言われていました。
「思春期になったら治るよ。」
子供の頃に多くみられるのです。アトピーって。

しかーっし、思春期にさしかかっても私の湿疹は、一向に治る気配が無いのです。
まぁ必死で肌を隠すほどでもなかったので半袖やノースリーブの洋服も着れましたし、
水着だって着れましたよ。でもニキビのような湿疹は、相変わらず出ていましたけどね。

20100418-J.jpg ゆるり花セットのハオ達

思春期も過ぎ娘といわれる時代になった私は、高校を卒業し専門学校のセミナーを
受けながら仕事がが始まりました。
年頃になって働き出したらお化粧しますよね~
私は、母が使っていた某ブランドの化粧品を買い込み毎日お化粧していました。
もちろん基礎化粧品も同じブランドの物をね。

しばらく使い続けているとね、私にとんでもない事が起こったの!
顔が真っ赤っかになって荒れて大変~~!もうね、凄かったんですよ!
ありゃぁ~~ってビックリするくらい肌がボロボロになったのよ!

玄関のポストに新聞を取りにも行けないくらいに肌がボロボロになったのよ!
もうね、私のお肌、何回脱皮するのよ~~!って。
しばらくの間、お仕事休みました。
鏡なんて見なくたっていいのにやっぱり気になるのですよね~
鏡で自分の顔を見ては、ハァァ~~とため息が出たり落ち込んだり、、、
もう何でなんよ~~と思ったものです。

母がね、病院の薬でちゃんと治らないのだから身体の中から取り掛かろうと、、、
(その頃って、まぁ先生にもよるのでしょうが強いお薬が多かったんですよ)
近所の薬局に連れて行かれ、あれもこれも買うわ買うわ、うちの母。

30年近く前って今みたいに豆乳がさほど飲まれていなかったんだけど
「これを飲みなさい。」と言われると「はい、飲みます。」私が飲むんだけど~
粉末でね、その粉末をインスタントコーヒーのように作って飲むんですけどね、
これが不味いのなんのって!冷まして一気に飲んで用意してある水をまた一気に飲む!
そうしないと飲めませんでした。不味いんだもん!

そして訳のわからないお薬といっちゃ悪いけど「ほにゃらら」という水薬みたいなの。
はい、これも不味い~~!他には、錠剤でしょう~黒酢でしょう~ ・・・・・
あっ!それから最初に下剤を飲まされたんだ!
まず1番に身体の中に残っている毒素を出してしまいましょうって事で。

そんなこんなで沢山の代物を買い込んだ母でした。お会計が3万以上かかっていました!
でも水薬が20日程で無くなるのですが無くなるとまた買ってくる母なのでありました。
やっぱり自分が産んだ娘が「18歳の若さでこんなの可哀そう~」って思ったのでしょうね。
有り難いですね、親の気持ちって。

20100418-J (2) 花芽が出たよ~

明日も続きまーっす。

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アレルギーのこと   4 0

アレルギーとの付き合い 〈1〉 1歳編

今日は、私と長い付き合いのアレルギーについて書いてみようと思います。
私なんてまだまだ軽い症状だと思います、50年前、30年前、そして今現在と
人間のアレルギーは、ますます酷くなているように見受けられます。
まさしく現代病なのです。

私の母は、10歳で母親を喘息で亡くしています。母の妹が3歳でした。
私とアレルギーとの付き合いは、たぶん産まれた時からだと思います。
母乳しか受け付けなかった私に母は、どうしてだろうと思ったそうです。
粉ミルクを与えると直ぐに吐き出してしまう、まったく飲まない、
そんな赤ちゃんだったそうです。

今現在、赤ちゃんの時から顔がガサガサしていて見ると直ぐにわかる子が
居てますよね。「あっ!きっと、この子は、アトピーだ!」ってね。
私が産まれた45年前は、まだまだアトピー体質の人が今よりは、少なかったでしょう。
ただ、産まれつき凄いアトピーだった訳では無く、おいおい色んな事が出てくる訳で、、、

私が1歳半の時に母の妹(一緒に住んでいた)が出かけた母の代わりに子守をしていました。
その時に叔母(本当は、お姉ちゃんと呼んでいる)が食べていたチョコレート
手で持つとちょっと体温で溶けたチョコレートが手に付きますよね~
そのチョコレートを私にペロッと舐めさせたのです。
よく大人が小さな子供にするんじゃないですか?こんなこと。

舐めたとたんにさぁ大変な事になってしまったのです。
その時の叔母が言うには、
「 わぁぁぁ~~大変~~兄さ~ん(私の父)どうしよう~~ 」

私の身体がみるみるうちにあちこちボコボコと腫れあがってきたそうです!
そりゃビックリしますよね~だって叔母は、留守を預かっているのだから尚更ビックリですよ!

これが私の超ビックリ全身蕁麻疹初体験です!
もちろん私は、叔母に病院に連れて行ってもらったみたいです。

帰って来た母に説明したでしょうね~叔母は、
母は、この時に「この子の身体は、普通じゃないんだ!」と思ったそうです。

こんなことも言っています。
「アンタは、お婆さんの隔世遺伝でアレルギーになったんよ。」

喘息とアトピー(アレルギー症状)は、同類の疾病なのです。



ところがですね、今の私は、チョコレートが無いと生きていけないの!
20100417-JJ.jpg
コレを毎日食べています。全部食べませんけどね~半分くらい食べます!

どこでどう私の身体が変わったのか定かでないですが子供の時からチョコレートを
食べても平気な身体になっています。(ニキビいや吹き出物は、出ますよ~)
あの時は、赤ちゃんで身体が受け付けなかっただけなのでしょうか?



ここで余談
私の母は、次女ですが実家を継いでいます。(苗字は、継いでいません)
仏さんのお世話や今までの祖父母の法事を全部仕切ってきました。
祖母は、前に書いた通り早くに他界しています。41歳という若さでした。
祖父は、同居していましたが私が生まれる2週間前に他界しています。
(心筋梗塞を患ってから心臓が悪かったのです。65歳で他界。)
私は、大変な時に生まれたのです。まぁ親戚からは、「お爺ちゃんの生まれ変わり」
などと言われていますが、どの辺が生まれ変わりなのか解りませんが、、、
なので私は、母方の祖父母に1度も会っていません。

20100417-J (2) 錦晃星がやっと咲きました

長々と書き綴ってしまいましたが明日も続きますww ごめんね~こんなネタで。

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アレルギーのこと   9 0

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